島根 三枝子 Blog
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震災は私たちに考えることを与えてくれた
私のパートナーはテレビを嫌い、朝はいつもラジオをかけている
先日 おそく70代の人だろうコメンテーターが言っていた
15年前の生活に戻ればいい、あのころの生活をすればいいと
おそらく我が家の彼もそう言うだろう
そばにいた息子は怒っている
昔に戻ってどうする
我が家の彼を見ていても、明らかに昔の生活はできない
私たちは時代の流れとともに、変化していることを忘れてはならない
高度成長で私たちはとても便利に生活できるようになった
けれども、大事なことまでそぎ落としてきてしまった
震災をとうし、考えなければいけないことは昔に戻るのではなく
生活はシンプルに心は豊かにではないだろうか
我が家の夕食は時に若い二人が加わり、長時間になる
お互いに良いモノを吸収するチャンスができた
これから、お互いに模索をしていく楽しみができた
変化という面白いことが起こりそうだ
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私が務めをやめて1年が過ぎた
やめた大きな理由は人とのかかわりが嫌になったからだ
私らしく、そこに居られなくなった、というのが正直な気持ちだ
だからといってずっと家に居るわけではない
やりたいことのためには外出もする
けれども基本的に閉じこもって居ることには違いない

春になり、たくさんの花が咲き一日に何度となく庭へ出る
花は人と違って答えてくれると言われるが、そんなことはない
花は子育てと同じだという
私もそう思う、が少し角度が違う
手をかければいいという意味ではないからだ
植物は環境・花の性質を整えればいい
すべての人・すべての花はいつか咲きたい、大きくなりたいと思っている

人も植物も適材、適所を生かせばいい
そのためにはよく相手を知ること、心にかけること
むやみにいじくりまわしてはいけない
伸びるものも、咲くものも咲かない

私は咲いている花を見ながら咲かせたかったのか
人に見てもらいたかったのか、思ってみた
いや、そうではなく、そこには咲きたいのだから咲かせたあげようと思ったいる自分が居た
冬に種から育てたスミレの小さな苗をたくさんもらった
おそらく商売にするには捨ててしまうのだろうと思われる、か弱い苗もあった
私はどうにも捨てられず鉢に植えてやった
大きくなれ、枯れるなよと思いながら
見事に咲いてくれた
ずっと見守ってきた
とにかくいとおしい

たとえ子どもであろうと、ひとりの人としてちゃんとつきあってあげたい
邪魔をするおとなが多すぎる
震災の影響は思いがけないことを多く生んでいる
でもいつもどうりの生活をするしかないこともわかってきた

今まで積み上げてきたものを津波はすべて海へ持っていってしまった
もし私だったらどうするだろうと、思わないわけにはいかない
私には何が残るのだろうか
そのとき絶対失ってはならない、気力は持っていられるだろうか
一時は呆然としてもいい
生きる気力を奮い立たせることができるだろうか

子どもたちは学校へ行くことを希望している
おとなは何か教えることがあるのだろうか
子どもたちは知っているのではないだろうか
何気ない日常の大切さを
生活することの大切さを
家族がいて、仲間のいる生活を
おとなはそんな子どもに支えられているのだ


私たちの時代は学校生活を終了すると仕事をすることが当たり前になっていた
特に男子は一生の仕事についた
やりがいのある、したい仕事に就くことはよいことだと思っていた
けれども、仕事にやりがいをもつことだけが生きることではない
いま人らしい生活をすること、家族を大切にすることが生きることだと知った
それは我が家で新しく家族を作ろうとしている、若者からみえてきた
彼は生活をすることの大切さを震災から学んだという
仕事は生活の一部だという
今の時代楽しい、やりがいのある仕事などないという
仕事となればすべてが大変なのだ
私は資本主義社会の限界が来ているのではないかと感じている

庭の花柄つみをしながら、いつもの生活に感謝し喜びを味わっている
この度、東日本大震災で被害を請けられた方に心からお見舞いを申し上げます。
テレビは連日被災地の様子、
募金活動などの支援状況を放映している。
『がんばろう日本』の声が聞かれると、
ひねくれ者の私としては何を頑張るのだろうと思う。
親を亡くし兄弟を亡くし友を亡くした人、
もちろん前向きに頑張ってくれるといいと正直思う
でも、ちゃんと事実を受け止め、いっぱい泣いてほしいと思う
しっかり者になったり、気丈に振舞う前に、いっぱい泣いてほしい
今まで私は多くの親や子供を亡くした人に出会った
何年も抱え苦しんでいる人を知っている
その人たちはあまりの辛さに、抱えきれず、
受け止められずいつの間にか自分の気持ちをごまかした
いつまでも立ち直れないでいる
悲しい、辛いそのときは思いっきり泣いたほうがいい
隠れてでもいいから
涙が流してくれるはずだから

私は募金をすることになぜか抵抗を感じている
なぜなのかいまだに、自分にきいている
先日息子はある青年を家へ招いた
昨年、青森の八戸の彼の実家でとても歓迎を受けたそうだ
今回の地震では津波が実家の100メートルまで迫ってきたそうだ
幸い家族は無事だったとのこと
けれども彼はショックが大きく元気をなくしていた
息子はそんな彼を励ましたいと家に呼び、なかまも集まった
私のつたない手料理を出した
彼は一晩楽しんで元気になって帰った
私まで無事でよかったとうれしくなった
こんなに身近に感じても私はいまだに募金をする気になれない
もしかしたら、募金をすることは自己満足になってしまうからかもしれない
自分を生きること、生活することを考えてみたい
日本を根底から揺さぶる大地震が起きた
体験したことのない大きな揺れはいろいろなことを感じたり考えさせたりしている
思わぬ体験は人の本性をむき出しにする
特に政治家やマスコミの言動からは見えなかったものが見えてしまった
腹立たしいこともある
関心することもある
それでも、このたびのことは日本人のモラルの高さが世界で高い評価を得ている
私は日本に生まれてよかったと思う
日本人の中になにがあるのか
何がそうさせているのか考えてみた
日本人は災害を含めて、どんなときも自然界を受け入れている
決してうらまない
自然の恩恵を心から感謝することを忘れていない
日本人には自然信仰がある
何か特定のモノではなく根底に八百万の神信仰があるからではないだろうか
すべてのモノに神が宿っている
自然信仰がある
だからこそ、いつも災害から立ち上がる
そこには愛があり、感謝がある
私もそこからできるだけ多くのことを学びたい
傷を無駄にすることなく
幸福に生きるために
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