島根 三枝子 Blog
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何気なくテレビのスイッチを入れた。
真っ白に凍てつく岩肌から、
激しく流れ落ちる滝に、
身を投じている姿が映し出された。
滝に打たれ、般若心経を唱え、無心になろうとしている。
辛さを耐えて修行をしている姿は、こちらまで苦しくなる。
ふと、浮かんだのはイジメにあっている人のことだ。
あの身を切るような、激しい滝のように、
言葉や暴力に打たれているに違いない。
けれどもそこには大きな違いがある。
修行とは自らするもの、イジメは逃げたいけど逃げられないのだ。

私たちは生きていると、
望まなくても身の回りにさまざまなことが滝のように起こる。
修行を否定はしないが、これもまた修行だと言えないだろうか。
今、年を重ね、思うことは、
すべて今まで身に起きてきたことは修行だった気がする。
すべてのことに正面から向き合い、
自らを滝に討たれたような気がする。
楽しいという感覚より、
辛いという感覚のほうがなんだかしっくりいく。
今は、日々を緊張とともに生活することが修行と思ったいる。
これが私にとって、生きることだからだ。
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